原爆ドームにやって来た。1泊2日の広島旅行。その8

広島城から徒歩16分、原爆ドームにやって来た。土曜日にもかかわらず中学生達が核廃絶の署名を集めている。

今回の旅行で原爆ドームについて何も知らない自分に気がついた。多分ほとんどの人が僕と同じような認識だと思う。広島市のサイトに詳しい説明があるので引用しておこう。

被爆前

原爆ドームのもとの建物は、チェコ人のヤン・レツルの設計により、大正4年(1915年)4月、広島県物産陳列館として竣工しました。
〜中略〜
そのころの広島は、都心部のほとんどは木造2階建ての建築であり、大胆なヨーロッパ風の建築デザインによる物産陳列館のような建物は非常に珍しく、その出現は市民にとって大変な驚きであり、川面に映える姿の美しさとあいまって、広島名所の一つに数えられました。

広島市のサイトから引用

 

原爆ドーム

原爆ドーム

 

被爆

産業奨励館は爆心地から北西約160メートルの至近距離で被爆し、爆風と熱線を浴びて大破し、天井から火を吹いて全焼しましたが、爆風が上方からほとんど垂直に働いたため、本屋の中心部は奇跡的に倒壊を免れました。

広島市のサイトから引用

原爆ドーム

原爆ドーム

 

原爆ドームの保存へ

広島市は昨年、100万円の調査費をかけ、原爆ドームの保存方法について調査を完了した。
その結果、補強によって保存に耐えるとの報告をうけている。
核戦争阻止、原水爆の完全禁止の要求とともに、ドームを保存することは被爆者、全市民、全国の平和をねがう人々が切望しているところである。
ドームを完全に保存し、後世に残すことは、原爆でなくなられた20数万の霊にたいしても、また世界の平和をねがう人々にたいしても、われわれが果たさねばならぬ義務の一つである。
よって、このドームの保存について万全の措置をとるよう決議する。

昭和41年7月11日

広島市議会

広島市のサイトから引用

 

原爆ドーム

原爆ドーム

 

世界遺産への登録

平成4年(1992年)9月、日本の世界遺産条約加盟を契機として、原爆ドームを世界遺産に登録しようという声があがってきました。これを受け、広島市議会が「原爆ドームを世界遺産リストに登録することを求める意見書」を採択し、広島市も国へ要望書を提出しました。
当初、国は、「原爆ドームは国内法(文化財保護法)の保護を受けていないので世界遺産に推薦する要件を備えていない。また、文化財に指定するには歴史が浅すぎる。」という見解を示していました。
こうした中、平成5年(1993年)6月、市民団体からなる「原爆ドームの世界遺産化をすすめる会」が結成され、原爆ドームの世界遺産化を求める国会請願のための全国的な署名運動が展開されました。この請願は、平成6年(1994年)1月参議院で、6月衆議院でそれぞれ採択されました(署名は最終的に165万3,996名)。
地域をあげての運動の結果、国は平成7年(1995年)3月、史跡の指定基準を改正するとともに、6月に原爆ドームを史跡に指定し、9月には世界遺産として登録するよう世界遺産委員会に推薦しました。その後、国際記念物遺跡会議などの審査を経て、平成8年(1996年)12月、メキシコで開催された世界遺産委員会において、原爆ドームの世界遺産登録が決定しました。

広島市のサイトから引用

原爆ドーム

原爆ドーム

原爆ドーム

原爆ドーム

原爆ドーム

爆心地から160メートルの至近距離で被爆。存廃論議や寄付金集めなど様々な課題を解決して、ほぼ被爆後の原型のまま現代まで保存されている。

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